| 第14歩 「恋する」を楽しむ。
館内にカップルが多かったのは、数々の「恋」が描かれた「源氏物語」だからか。主にカップルの女性が「つまりね、光源氏は相手に母親の像を投影したわけよ」などと語っている。源氏フリークの彼女の話を熱心に聞く彼。あちこちで飛び交う源氏論は恋愛論にもなるためか、時々甘い雰囲気が漂ってくるのが面白い。館内はとても混雑していたのでカップルと私の距離も近く、恋についての彼らのくすぐったいひそひそ話まで聞こえてくる。それにしても、こんな風に1000年経ってもデートまで演出してしまう源氏はすごい。目の前に広がる悲しくもみやびやかな光源氏の恋と、耳元をくすぐる現代若者の恋に圧倒され続けたひとときだった。 その後、嵐山で見かけたのは「成就した恋」。天気がいいので嵐山を散策し、保津川の川原に出てあたりの緑を眺めていた。すると、背後に礼服の男性や留袖、振袖の女性たちの一団がどこからともなく現れた。何だろう。結婚式のようだが、花嫁がいない。しかも川だし。着物集団を見つけた観光客たちも、何か始まるのかと集まってきた。とても気になるので、近くにいた留袖の女性に事情を尋ねた。彼女は「もうすぐ花嫁と花婿が船に乗ってこちらに参ります」と説明し、「昨日、無事あちらの神社で挙式を終えまして……」などと、しみじみと話す。もしやと思い「あの、もしかしてお母さまですか?」と聞くと「はい。新郎の母でございます」と言う。大変!宴のさなかにお気楽にも、まったく無関係な私が話しかけてしまった!ひどくあせって「このたびは、おめでとうございます」と、何度も深々とお辞儀をした。さっき竹林でトカゲに遭遇し、慌てた拍子についたジーンズの泥も急いではらう。「ありがとうございます」と丁寧に返され、更に恐縮した。 そうこうするうちに、川岸に緋毛氈が敷かれ、保津川の対岸から船が動き出した。角隠しに色打掛の美しい花嫁と、紋付羽織袴の花婿が乗っている。恋を実らせたお二人はとても晴れやかだ。気がつくと、緋毛氈のあちら側は第一級礼装の人々、こちら側は思い切りラフな格好の観光客と分かれていた。静かに船を降り、緋毛氈を歩く花嫁花婿は祝福の拍手に包まれる。関係者のみならず、たこ焼きを手にする若者も、ほろ酔いの中年男性も、父親に抱かれた子どもも拍手しながら皆、笑顔だ。「皆さんに祝福されて、あの子たちは本当に幸せものです」と言った新郎の母の言葉が、もう一度心に浮かんだ。 恋する幸せなカップルを見守っていた人たちの拍手は、リズムとなって辺りに広がっていく。(皆さん、お幸せに!)と思ったとき、その心地よい祝福の音が川面に反射し、降り注いでくるような気がした。 |